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10年が経ちましたね。

2011年3月11日。その時私たちは盛岡に居ました。ライブは中止になり、夜、停電の盛岡で知人の車の中、余震に怯えながらどうしたのもかと考えあぐねていました。何の情報もない状況で。。。そして出した決断が『よし!タクシーで行けるところまで行こう!』という、なかなか大胆なものだったのです。何故なら、翌日も翌々日もライブか入ってたから。

そして約17時間かけてタクシーを乗り継ぎ、途中道路の陥没や路面変状を体で感じながらも最後はファンの方のお力も借りて東京に戻ることが出来ました。軽く家に立ち寄り着の身着のままでライブ会場へ。あんな状況の中でも心配して会場で待ち受けてくださってた方々に心より感激しました。

翌日13日は、愛媛の野村中学校へ。卒業イベントも何とかこなしました。普通の精神状態ではいられなかったけど。でも、生徒の純粋で真っ直ぐな眼差しや表情や言動に心癒されるものがありました。

そんな慌ただしい3日間でしたが、仲間やファンの皆さんや、野村中学の皆さんと一緒に居られた時間があった、ってことこが孤独を感じずにいられた大きな救いだったように思えます。

と今回は随分と省略してしまいましたが、実際はそれはそれは長ーーーくて、たくさーーーんの今でも決して忘れ得ることのない場面がしっかりと心に刻まれています。

そんなこともあって、その後は被災地での復興イベントにも多数出させていただきました。自分なりに出来ることを。。。その意識だけはなくさないように、と過ごしていましたが、実際はただただ自分の無力さがもどかしく、虚しく、やるせない思いが強かった10年。

でも震災後と前とでは、自分自身の楽曲制作にも違いがあったように感じます。以前は曲のコアな所には確かに自分がありました。もちろん、今でもそういう楽曲はありますが、震災後は意識として、もっと他の誰かに寄り添うような歌、他人を慮るような曲を、という思いが強くなりました。

そこで、今日はそんな思いで作った曲を、youtubeにアップしてくれました。スタッフが(^-^)

まだリリースしてませんが、ライブでは何度か披露してるので聞いて下さってる方もいらっしゃるかと。

いつかはきちんとMVを作りたいな、と考えてます。でも今日は間に合わないので、歌詞だけを載せてあります。

良かったら聴いて見てください☆.。.:*・

震災では多くの方が大切な人を失いました。負った悲しみや心の傷は決して癒えるのもではありませんが、心より  哀悼の意を捧げます。

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コメント

10年前の3月11日。
私はまだ中学生で、何が起こっているのか分からずただただ呆然としながら校庭に避難したのを今でも覚えています。
東北地方よりも被害は受けなかったものの地元でもテレビでは地震情報だけが流れたり、計画停電で真っ暗な夜をロウソクを灯しながら過ごしたりしたことを思い出します。

そして、昌己ちゃんと出会ってからも、
3.11のに田無のショッピングモールのフリーライブの日に歌った「遥かな瞳のファナナ」を聴いて涙したことは今でもずっと忘れられないなー...と思っています。
そして、昌己ちゃんが歌うことによって救われた人はとってもとってもいっぱいいるんだろうなと思ったし、私もその1人でもあります🌷

「桜の唄」も聴きました 🌸🌸🌸
私はまだライブ会場で直接聴けていないので、昌己ちゃんの生声で聴く日が来ることを楽しみに生きます ₍₍ ◝( * ॑꒳ ॑* )◟ ⁾⁾

投稿: あーちゃん | 2021.03.11 14:59

3月11日の東日本大震災から10年・・・

亡くなられた方々、ご冥福をお祈りします。

投稿: ヤマダ | 2021.03.11 15:00

昌己さん、東日本大震災の日、大変でしたね。
私は虎ノ門で震災にあったのですが、それから徒歩とバスで新橋に出るまでに6時間もかかってしまい、結局家に着いたのが翌日4時か5時頃でした。
あの地震で2万人以上の方々が亡くなったとは想像を絶します。

いきなりですが、一句詠みますね。
「大震災 人の命の 無常なる 散りゆく桜の 花のごとくに」

自然災害の前に人間は無力です。この尊い犠牲を教訓として、津波の対策が進み今後の地震の犠牲者が一人でも減ることを願いつつ、大震災で亡くなった方々に深い哀悼の意を禁じえません。

話題は変わりますが、最新アルバムまだ発売延期中ですね。感動的な名曲「桜の頃」はきちんとしたMVが無かったと思いますし、昌己さんもブログに書かれておりますように、MV是非制作して頂きたいです。

やっぱり桜の時期に作るしかないとなりますと、今月下旬に撮影するのがいいのかな、ちょうど今月はライブが1回しかないし、時間が取れるのではないかな、などと失礼ながら勝手に考えてしまいます。

亡くなった方々をどれだけ哀しんでも戻って来るものでもないし、生き残った私たちにできることは今を精一杯に生きることしかない。これからも前を向いて進んで行きたいです。

投稿: 横浜のK | 2021.03.11 15:47

黙祷しました。

1日1日を愛おしんで
生きていこうと
あらためて誓いました。

今日はとりわけ、
「遠く離れていたって」
が心にしみます。

投稿: 昌己ファンin新潟 | 2021.03.11 16:18

もう10年経ったのかと思うのが正直なところの一方で本当の復興の終止符は果たして?いつになるのだろうかという思いにもなりますね。被災者でも忘れないようにと思う人もいますしもう忘れたいと思う人もいます、何が答えなのか?年月が経過すれば答えが出るのか?出ないままなのか?人によっては死生感も変わった話も聞きます今後年月が経過すればするほど様々な思いが入り乱れてくるような気がしていますが~

投稿: 鬼神7010 | 2021.03.11 21:05

感覚的にはあっという間という気もするけれど、
人の一生というスケールからすれば、
10年というのは決して短い時間ではないと思います。
今直面している新型コロナも自然災害と捉えるなら、発生しないようにはできなくても、犠牲者は出ないようになってほしいし、
事故のような人災なんかは、二度と起きないようになってほしいと願います。
だから、生きて、人間関係とかに悩むなんて小さいことなんでしょうかね。

投稿: とりで | 2021.03.11 21:20

あれから10年が経つんですね 早いですね
今日仕事場でも14時45分から黙祷をしました

「桜の頃」のUPありがとうございました
何回か聴かせて貰いましたが3.11の為に作られた曲みたいで何か不思議な感じがしました

投稿: 打田 | 2021.03.12 01:25

311の大災害から早くも10年立ちました。亡くなられた方々のご冥福をお祈り致します。また福島原発の収束作業に従事しておられる作業員さん達に敬意を表します。

投稿: きよし | 2021.03.12 22:57

 震災から10年ですか、早いものですね。
 亡くなった方にご冥福をお祈りします。
 

投稿: やんちゃん614 | 2021.03.13 00:28

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